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ソウルの成り立ち 歴史

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韓国の首都ソウルには古い歴史があり、日本とのかかわりも密接です。
その成り立ちや、歴史を見てみましょう。

ソウルは朝鮮王朝500年の王都で、現在の正式名称はソウル特別市、通称ソウル市と呼ばれています。
韓国=大韓民国の首都として人口の大半が集中するアジア屈指の大都市。
古くは「京城」、「漢城」、「京都」とも称されていました。

なお「ソウル」は、さまざまな漢字表記(漢城・漢陽・京城・京都など)の変遷に関わらず、朝鮮民族はこの地を「ソウル」と呼んできたとも言われています。
現代では漢字の訓読が廃止されてソウルをあらわす漢字は使用せず、ハングルのみでの表記
となっています。

韓国時代劇のドラマ「朱蒙」などでもたびたび登場するので、おなじみかもしれませんが、古くは三国時代、今の朝鮮半島が高句麗(コグリョ)、新羅(シルラ)、百済(ぺクチェ)という3つの国で統合されていた時代に、百済の都であった「漢城」が今のソウルということです。

一時期、高句麗軍によって都が陥落し、百済は別の場所に遷都しましたが、14世紀末に高麗の将軍であった李成桂が政権を奪取したのを機に再び漢城(ソウル)へ遷都が行われました。

この時から漢城(ソウル)は500年の長きに渡り、李氏朝鮮王朝の都として栄えていました。

1910年の日韓併合後、漢城は京城府と改められ、日本の植民地として朝鮮総督府が置かれました。

日韓の歴史上、不幸な時代ではありますが、反面ではこの日本統治下で京城帝国大学が開校されるなど文教政策の整備も行われていたり、上下水道や京城市電などのインフラ整備が大々的に行われ、それまでの生活環境は急速に改善されたというプラスの部分もあるのです。

第2次世界大戦後、日本の統治を離れた いわゆる「光復」の後もしばらくは「京城」の名称が使われていました。

その後、1948年米軍の統治下から離れて大韓民国が独立し、韓国の首都としてソウル特別市となりました。

朝鮮戦争によってソウル市内は壊滅的なダメージを受け、韓国の首都は臨時措置として釜山に移転しましたが、停戦後の1953年には再び首都がソウルへ戻りました。

戦後、急速な経済の発展と共に市の規模を拡大し、1988年のソウルオリンピック実現によって国際的な大都市と変貌しました。

一時期経済危機などで苦しい時代もありましたが、見事に成長を遂げ、現在では魅力あふれる国際都市として、日本からも多くの観光客が訪れています。

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